遊ぼう

緑がかった白。柏葉あじさい

また、頭のいい、親の期待を一身に背負った普通の子が事件を起こした。過剰期待がどんなに子どもを苦しめているかと想像する。生意気なことは言いたくないが、黙っているわけにもいかない。
まもなく6月も終わり、もうすぐ夏休みになる。高学年になったお兄ちゃん宛に、よくDMが届く。「夏に差がつく、夏期講習!」という類の、塾からのもの。ひどいのは20日間とか講習があって、お盆の5日くらいしか休みがない。こんなところに通わせるのは、金銭的にも余裕がある家庭だろうし、少数派だろう。でも、似たようなものはたくさんある。
こんなことをしていて、子どもは大丈夫だろうか。成績を上げ、より上のクラスに進むよう、太陽にあたらずクーラーの効いた部屋で過ごす。
じゃあ、親が普通に会社に行ってる間、家で一人、ゲームばかりしているのはどうなの?といわれたら、塾に行って友達に会っている方がいいのかもしれない。人と会うだけマシという点で。子どもだって、家でひとりよりは、外に出る方を望むだろう。
でも、やりすぎはやはり、おかしいと思う。

子どもが子どもらしくいられるように、普通の遊びをさせてあげよう。そばで見守って、なるべく口出ししない。子どもの喜び、悲しみに心を寄せてあげよう。勉強はできたほうがいいが、遊びの中でコミュニケーションを学ばなかった子どもは、その後、簡単なことで崩れてしまう大人になる。基礎のしっかりしていない家のように。
じゃあアンタはちゃんとやってるのかと言われれば、ウーンと反省することも多い。でも、ずっとそばにいて見てきた。人任せにはしてこなかった。だから彼らがヘンな人になったら、それは私たちの責任だ。
子どもによっても差があるのよ、うちの子、しっかりしてるから、という人もいるが、そういう子こそ危ないと思う。親の前で安らげない子どもは、相当我慢している。
ほんとうに大事なのはなんなのか。シンプルに考えてみたい。